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No.97話:勤務に関する資料が重要な理由とは。

「退職時に会社が入居しているビルの入館ICカードを期日までに返却するようにお願いしていたにもかかわらず、返却がなかったのでICカードの再発行の費用を最後の賃金から控除したところ、『勝手に控除された。返金して欲しい。』と苦情をうけた。事前に本人には控除することを口頭で伝えていたから無視をして返金しなくてもよいか。」という相談をいただきました。

結論から言いますと、このケースでは「返金すべき」ということになります。ICカードの再発行に要する費用は、退職した従業員が期日までに返却しなかったことによって生じた会社の損害ですから当然、この従業員に請求してよいものです。しかしながら、その損害額を賃金から控除できるか否かは別問題になります。

賃金は従業員の生活にとって重要なものですから、そこから会社が税金や社会保険料を除く費用等を差し引くことを労働基準法において制限しています。いわゆる「全額払いの原則」です。従業員本人の同意を得て控除することは可能ですが、従業員の過半数代表者か過半数労働組合と控除できる費用等を明記した書面協定を締結する必要があります。

今回の相談のケースではICカードの再発行費用を賃金から差引く旨を、退職従業員に伝えているとはいえ口頭でしかなく、これでは了解したことを客観的に証明することができません。従業員本人が「そんな約束をしていない。」と言ってしまえば、法律が「従業員が了解していない賃金からの債権控除はしてはならない。」としている以上、控除はできないことになります。

さて、労務管理上のトラブルに限らず法廷において意見の相違が生じると、決定的にモノをいうのが物理的な証拠です。口頭での「言った。」「言わない。」は証拠にならず、裁判所は取り上げてくれません。一方で、労働者側が「そんな約束をしていない。」と主張しても、会社側が「賃金控除協定書」や労働者本人と取り交した「念書」「誓約書」のような物理的な証拠を提示すれば、「約束の事実があった。」と認めてもらえる可能性が高くなります。

以上は一例ですが、「協定書」や「誓約書」といった物理的な証拠は、従業員とトラブルが生じたときに会社側の主張を認めさせる上で非常に重要なものになります。「法廷で勝つ」というよりも、従業員との話し合いの際に「こういう取り決めをして、あなたも同意してサインしているでしょ。」と誤解を解いて、無用の紛争を未然に防ぐことになります。

人間は残念ながら自分に都合の悪いことは忘れてしまいがちです。すなわち、人間同士の記憶があいまいで見解に相違が出てくると「口約束」では心もとないのです。そうならないためにも大切な約束事や、お互いの意思表示に関することは面倒と思わず書面で残しておくことが不可欠です。

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